
熱望されているアコム
東南アジア経済が近年著しく成長しているが、これがこの地域に多くの“億万長者”を生み出しているのだ。
彼らの財務に対する態度や運用の指向するところは民族性によってまた異なるのである。
現在に至るまで、スイスのプライベートバンクは順調にこの市場のリーダーシツプを保ってきた。
以前は投資の運用成績など、滅多に問題になることはなかった。
そもそも投資らしい投資などなかったからだ。
いまではスイスのプライベートバンカー達は自分達の運用パフォーマンスを国際的なスタンダードで比較され、世界のトップグループとの競争に追われている。
プライベートバンキングの世界におけるスイスのマーケットシェア維持について、あまり楽観的ではない人達もいる。
彼らは富裕層の機関投資家化が進むと、ロンドンやニューヨークのファンドマネージメントが有利になると見ているからだ。
スイスの有利性、すなわち政治的、金融的安全性、それに銀行の堅固な守秘性は依然としてプライベートバンキングの世界でスイスは魅力的だし、優位にある。
しかし、スイスの成長はこれから鈍化するとみているのだ。
チューリッヒの繁華街の一角に、あるプライベートバンクの古びた石造りのビルがある。
1階のウインドウはプランド品の広告に使われ、ちょっと見ただけでは銀行だか、商1古だか分からない。
玄関に入って、仕切りの左側は小さな銀行の窓口、午後3時だがガランとしている。
右側ロビー奥に受付の高いカウンターがあり、隣に背もたれのない椅子が数個並ぶ。
それを囲むように展示用の書架があり、銀行のバンフレツトが並べられている。
その多くが投資信託の紹介パンフレットだ。
受付(案内係)の男性に、こちらの氏名と紹介されたバンカーの名前を伝える。
先に一組の老夫婦が座っている。
いくつかのバンフレツトをめくる。
中にプライベートバンキングを紹介するものもあった。
受付の脇にあるエレベーターが聞き1人の白人の老人が若いバンカーに伴われて出て来た。
英語で話している。
「今年のスイスの夏は雨が多かったですが、もう大丈夫です。
ごゆっくり休暇を楽しんで下さい」「うん、ありがとう。
じゃあ、また会おう」もう一方のエレベーターが降りて止った。
長身の40歳くらいの黒い髪の銀行員が出て来て、大股で老夫婦に近づいた。
これも英語だった。
「cわさん、よくいらっしゃいました。
大変お待たせして、ちょっと仕事が手間取ったもので。
きあ、どうぞ……、今日は暑かったでしょう」「こんにちは。
やあ、久しぶりだな、今日はいい天気だった。
さあ行こう!」と夫人を急かせるように白髪の老紳士は立ち上った。
手にはその辺で買物をしたらしく、大きな紙袋をぶら下げている。
2人とも70歳前後にみえた。
老夫婦がエレベーターに消えると、入れ替わりに隣のエレベーターから4人の男女が出て来た。
1人は髭を生やした40歳くらいの案内係1人は中年バンカー、それに明らかにスイス観光中の日本人夫婦だ。
夫は白いポロシャツ姿の40歳くらい、品の良いメガネの、医者か、二世の経営者といったタイプである。
連れの婦人は奥さんだ、った。
バンカーはエレベーターと玄関の中間の辺りで日本人夫婦を丁寧に見送る。
2人が外に消えるのを見届けてから、髭の案内係とこちらにやって来た。
「お待たせしました、Cさんですね、さあどうぞ。
上にあがりましょう」3階にはプライベートバンキング用の個室が廊下の両側に並ぶ。
部屋に適され、コーヒーか紅茶か、と聞かれる。
丸い大きなテーブルの上にはミネラルウォーターが4本。
これはヨーロッパではどこでも同じだ。
椅子が6脚、隅には端末TVが置いてあり、為替の動きが刻々と表示されている。
5〜6坪の極めて事務的な、乾いた印象の部屋である。
テーブルの正面に座ったプライベートバンカーは45歳前後、やや小柄で柔和な話し方をする。
顔が日に焼けて赤い。
夏休みから帰ったばかりか。
「スイスのプライベートバンキングに興味をもっているので、差し支えない範囲内で教えて欲しいのですが……」と素直に切り出した。
以下は、彼の「生活と意見」である。
彼は銀行に籍をおくプライベートバンカーである。
勤務時間は9時から5時までだが、仕事柄、あってないようなもの。
顧客次第でどうにでもなる。
つい先週も客に呼び出され2日間の旅行につきあった。
客の資金を運用しているので、相場情報(為替、金利、株式)には毎朝早めに出社して必ず目を通す。
アメリカ、アジアの動きには、特に注意する。
最近はアジアの市場が不安定なので、気をつかう。
このところ、日本人の顧客はふえる一方で、日本からのレポートは必ず読む。
円の動きは影響力が大きいし、日本からみるアジア各国の市場の見方は、いつも当たるとは限らないが、参考になる。
つい先日も日本人の客から電話が入り「タイ・パーツが急落し、1億円ばかり損が出るのでこれを取り戻したい。
何かいいアイデアはないか」というリクエストがあった。
すぐに為替ディーラーと相談して、われわれの提案を返事し、善後策を講じた。
こういう場合も、客の全資産について、また客がどういう事業で為替取引をしているのか分かつているので、客の立場を考えて相談に応じることにしている。
しかし、われわれはイチかバチかなどの投機的な取引は提案しない。
これは株式取引にしても同様でト、客の職業、家庭、年齢、性格、趣味、投資に対する考え方、など検討してから資産に占める株式投資の割合、銘柄など提案する。
長期投資が原則だ「株が好きで仕方ない」という客もたまにいるが、そういう客には一定の範囲内でブローカ一部門と直接売買をやってもらう。
しかし、あとで約定はすべてチェックする。
ちょっと大きなリスクをとるような客には「この取引では銀行に迷惑はかけません。
損をしたら私の責任です」という一札を入れてもらうこともある。
日本なら客は驚いて逃げ出すだろうが、そこまでスイスではリスクに気をつかう。
プライベートバンキングの口座は90%はナンバー・アカウント(番号口座)である。
名前は一切出てこない。
客の目的と資金の性格によっては、海外の信託をすすめることもある。
スイスには法的に「信託」の概念はない。
運用の中心は一任勘定と投資信託である。
多種多様の投信が用意されている。
相続税の節税用の年金プランもある。
スイスには1992年にスイス銀行協会で決めた「DueD1gence」(信義則、忠実義務)と呼ばれる厳しい服務規定がある。
例えば、いくら大金でも客が持ち込んだ金をそのまま受け取ってはいけない。
変だなと思ったり、出所の分からない、説明のつかないカネは受取れない。
マネー・ロンダリングには極めて厳しい。
あとで違法だと分かれば、個人でも最高5万スイスフランの罰金を払わねばならないこともある。
このことは公にされるので職務は続けられなくなる。
いまから15年ほど前に日本の銀行が中南米の不正の“疑い”のある資金を不法に受入れて銀行協会から罰せられたことがある。
預かってはいけないカネだったのだ。
それ以来、この銀行はプライベートバンキングをしばらく抑えていた。
また、別の日系の銀行では社員が客の資金を流用するなど不正を働き協会で問題になったこともある。
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